できる人に見えることより、親しまれること

職業こぼれ話

職場で複数の人が笑顔で交流している様子隙間バイトを続けていて、最近よく思うことがあります。
それは、現場のスタッフに気に入られることも大事だけれど、同じように働きに来ている隙間バイトの人たちからも親しまれることが、とても大事だということです。

私は最近、ゲームセンターの現場に入ることが増えました。
ここは、複数の隙間バイト勢で回っているような職場で、行くたびに新しく入る人たちに出会います。若い人もいれば、定年退職後のような方もいる。男性もいれば女性もいる。ほとんど話をしない人もいれば、とても丁寧にお辞儀をしてくださる外国人の方もいて、毎回ちがう空気があります。

私はもう六回以上この現場に入っていますが、それでも新しく来た方に対しても、自分がまだ初心者であるかのように
「こんにちは」
「よろしくお願いします」
「こちらを使っていいですか」

あえて、いろいろな人に声をかけながら入っていくようにしています。

最初から慣れた顔をしない。
あえて、いっけん何もできなさそうに見えるくらいで入る。
最近は、そういうふるまい方をするようになりました。

もちろん、そのせいで、はなから少し馬鹿にされるような感じで、スタッフに軽くあしらわれることもあります。

「ああ、それね」「いいですよ、どうぞ」
面倒くさそうに返されることもある、
「この人はあまり頼りにならないのでは」と思われているのかもしれません。

でも、不思議と今は、それがそれほど嫌ではないのです。
以前なら、そんな扱いをされると心がざわついたかもしれません。自分を低く見られたようで、傷ついたかもしれません。
けれど最近は、そういう場面に出会っても、必要以上に反応せずにいられる自分がいます。

むしろ、そんな自分を見て、
「ああ、自分は強くなったな」
と思うのです。

隙間バイトの現場では、能力があることそのものよりも、その場に自然になじんでいけることのほうが大きな力になることがあります。
少し肩の力を抜いて、少し低いところから入っていく。
そのほうが周囲も構えず、結果として声もかけてもらいやすいし、わからないことも聞きやすい。ちょっとしたことで助けてもらえることもあります。

「自分はいろいろ経験してきた。たいていのことはできる」
そういう自負は、決して悪いものではありません。実際、それは積み重ねてきた経験の証です。
ただ、その気持ちが前に出すぎると、同じように働きに来ている人たちとの間に、見えない壁をつくってしまうことがあります。

隙間バイトの現場では、同じ日に集まった人たちはライバルではなく、その時間を一緒に回していく仲間です。
だからこそ、できる人に見えることよりも、親しみやすい人でいることのほうが、ずっと大事なこともあるのだと思います。

少し馬鹿になってみせること。
少し下から入ること。
それは、自分を安くすることではなく、自分のプライドをうまく扱えるようになった、ということなのかもしれません。

隙間バイトをしながら、私は仕事だけではなく、人との距離の取り方まで学んでいるような気がします。

ただ、この仕方が全てではありません。その人のカラーがあり、合うふるまい方も違います。

うちの娘なんかは、できなくてもどんどん人前に出ていくほうなので、「大丈夫かな。反感かわれない?」とひやひやすることもありますが、気にしていません。いつの間にかお手本のような存在になっていることもあります。

ここに書いたことは、あくまで私なりの働きやすい雰囲気づくりなのです。

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