気を利かせる人、引いてしまう私

職業こぼれ話

夕方の光が差し込む静かな倉庫作業場複数人で入る現場では、ときどきこんな場面があります。

自分がやろうと思っていた仕事が、
気づけば誰かの手によって終わっている。

「やっておきましたよ」

その言葉は、親切そのもの。
傍から見れば、気配り上手な人です。

けれど、胸の奥に小さな違和感が残ることがあります。

私はまた、一歩引いてしまったな、と。


短時間労働と承認欲求

隙間バイトの現場では、その日その時間しかありません。

長く勤めて信頼を積み上げることはできない。
評価される時間は、ほんの数時間。

だからこそ、

・役に立ちたい
・できる人だと思われたい
・また呼ばれたい

そんな気持ちが、自然と強くなるのかもしれません。

「気を利かせて動く人」は、本当に親切なのだと思います。

でも同時に、
“動いている姿”を見せたい気持ちも、きっとある。

そして私もまた、

「何かしなくては」

という焦りを抱えているのです。


指示を待つという選択

私はどちらかというと、
指示を待って「してほしいこと」を素直にやるほうがよいのでは、と思うタイプです。

勝手に動くより、
求められたことを丁寧にやる。

けれど、手が空いた時間は正直落ち着きません。

何もしていないように見えていないだろうか。
評価が下がるのではないか。

そんな小さな不安が、心をざわつかせます。


奪う人と、引く人

先日、ライン作業に入ったときのことです。

ラインが止まり、しばらく待機する時間がありました。

その間に、
私の持ち場の作業を、別の人がしていました。

ほんの小さなことです。
責めるほどのことではありません。

でもその瞬間、

「あ、私の仕事がなくなった」

そんな感覚がよぎりました。

仕事を“奪われた”ような気持ちになることもあります。

けれど、あとから思えば、
それは大げさに考えるほどのことではないのです。

そこにいるのは、

認められたい人と、
波風を立てたくない人。

ただそれだけなのかもしれません。


短時間の現場は、
人の承認欲求が、少しだけむき出しになる場所。

限られた時間の中で、
自分の存在を示したい。

評価を残したい。

次につながりたい。

動く人も、引く人も、
どちらも不安を抱えています。

私はきっと、これからも少し引いて見ているでしょう。

でも最近は、
それも一つの在り方なのだと思えるようになりました。

目立たなくても、

その場を静かに支えることも、
ちゃんと仕事なのだと。

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