🪶 kobaさん・男性/投稿体験より
私が19歳の頃に経験した、少し変わったアルバイトがあります。
それは、上野仲町通りでのキャッチ、いわゆる客引きの仕事です。
今のようにインターネット求人が当たり前ではなかった時代、アルバイトを探すときは、コンビニで求人情報誌を買うのが普通でした。
私も当時、コンビニで「an」というアルバイト情報誌を100円で購入し、仕事を探していました。
その中で見つけたのが、上野仲町通りにあるキャバクラのキャッチの求人でした。
夜になるとにぎわう上野仲町通り
上野仲町通りには、キャバクラやフィリピンパブ、海外パブなどが何十軒も並んでいました。
夜になると多くの人が行き交い、昼間とはまったく違う顔を見せる場所です。
私の仕事は、その中の一店舗へお客様を案内することでした。
勤務時間は、夜20時頃から朝5時頃まで。
最初の1週間は時給保証がありましたが、その後は完全歩合に近いシステムでした。
1件でもお客様を案内できれば時給が発生し、さらにお客様が店で使った金額の10%が給料に反映されます。
しかし、逆に言えば、お客様を1人も案内できなければ完全無給です。
実際に私も、朝まで働いたにもかかわらず、1円にもならなかった日が何度かありました。
最初に叩き込まれた厳しいルール
仕事を始める際、先輩から厳しく教えられたルールがいくつかありました。
「本職の方には絶対に声を掛けないこと」
「お客様の体には触れないこと」
「私服警官に声を掛けた場合は、即現行犯逮捕になること」
などです。
そのほかにも、どのような人に声を掛けるべきか、逆に避けるべきかといった見分け方も、最初に教わりました。
ただ道を歩いている人に声を掛けるだけの仕事に見えるかもしれません。
けれど実際には、相手の雰囲気を読み、声を掛けるタイミングを見極め、断られても気持ちを切り替える必要があります。
想像していたよりも、ずっと神経を使う仕事でした。
上野独特のキャッチ文化
面白かったのは、上野独特のキャッチ文化です。
新宿や渋谷では、他店のキャッチがお客様と交渉している最中に割り込むことは、暗黙のルールで禁止されていました。
しかし、上野では「かぶり」と呼ばれる割り込みが普通に行われていました。
他店のキャッチが接客している最中でも、別のキャッチが横から声を掛けることができるのです。
普通に考えると、かなり殺伐とした雰囲気になりそうです。
ところが、実際にはそうでもありませんでした。
上野のキャッチ同士は、店が違っても顔見知りが多く、どこか仲間意識のようなものがありました。
もちろん競争はあります。
けれど、その中にも上野ならではの距離感や空気があり、独特のバランスで成り立っていたのだと思います。
圧倒的に成績を出す先輩がいた
私が所属していた店には、10人ほどのキャッチがいました。
その中で、圧倒的な成績を残していた先輩がいます。
その人は、売れないお笑い芸人をしている方でした。
とにかく会話力があり、頭の回転が早く、人との距離の詰め方が上手でした。
同じ場所に立ち、同じように声を掛けているはずなのに、その先輩だけは次々とお客様を案内していきます。
その姿を見て、
「人を引きつける力というのは、本当に差が出るものなんだ」
と感じました。
単に大きな声を出せばいいわけではありません。
しつこくすればいいわけでもありません。
相手の空気を読み、興味を持ってもらえる言葉を選び、短い時間で信頼してもらう。
それはまさに、営業の世界そのものでした。
3か月で辞めたけれど、学びは大きかった
私はその仕事を3か月ほど続けました。
けれど、最終的には自分には向いていないと感じて辞めました。
夜通し働いても無給の日があること。
断られ続けること。
常に人を見て、声を掛ける相手を判断しなければならないこと。
そうした環境は、私にはかなり厳しいものでした。
ただ、今振り返ると、人と話す難しさや営業の奥深さを知ることができた、貴重な経験だったと思います。
人に声を掛ける。
話を聞いてもらう。
興味を持ってもらう。
行動してもらう。
言葉にすると簡単ですが、実際にはとても難しいことです。
19歳の私にとって、夜の上野での経験は、かなり強烈な社会勉強でした。
15年以上経ってからの思わぬ再会
そして、その仕事を辞めてから15年以上経ったある日のことです。
友人と上野仲町通りを歩いていたところ、当時の直属の上司が、まだ現役でキャッチをしていました。
しかも、その上司は私だと気付かずに、普通に営業を掛けてきたのです。
その瞬間、思わず笑ってしまいました。
まさか15年以上経って、同じ場所で、同じ人に声を掛けられるとは思いませんでした。
夜の街での仕事は、私には長く続けられるものではありませんでした。
けれど、あの頃の上野仲町通りの空気や、人の流れ、先輩たちの会話、朝方の疲れた街の雰囲気は、今でも不思議と記憶に残っています。
向いていない仕事だったからこそ、よく覚えているのかもしれません。
たった3か月のアルバイトでしたが、私にとっては、人と関わることの難しさを知った、忘れられない経験です。

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